S&P500に投資する場合、スリム米国株式(S&P500)はほとんどの人にとって最適解のひとつと言っていいでしょう。でも人によっては国内籍ETFであるMAXIS米国株式(S&P500)のメリットを活かしたい、ということもあるでしょう。
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MAXIS米国株式(S&P500)
MAXIS米国株式(S&P500)はスリム米国株式(S&P500)のETF版ですが、マザーファンドは同じで、明らかに一般的なETFと異なります。
引用:目論見書
設定されたのは2020年1月8日です。税抜き信託報酬が0.078%と、eMAXIS Slim米国株式の0.088%より安いと、一瞬話題になりました。でも信託報酬以外にもコストがかかります。
引用:目論見書
マザーファンドはスリム米国株式と同じなので、信託報酬以外のいわゆる隠れコストはほぼ同じと見ていいはずです。(売買金額に比例するコストは各ベビーファンドごとに変わります。)MAXIS米国株式の税抜き信託報酬はスリム米国株式より0.01%ポイント安いですが、ETF特有のコストが付加されるため、単純に考えるとスリム米国株式の方が低コストなはずです。
なお、MAXIS米国株式はETFなので、証券会社を選ばないと売買手数料がかかります。楽天証券なら無料です。
問題は配当金の扱いです。ETFは配当金を出さねばならないルールになっており、MAXIS米国株式は年に2回出します。ここから超ややこしい世界にみなさんをお連れします。
MAXIS米国株式のトータルコスト
法令により、投資信託は運用報告書の公開が義務付けられているそうです。そして、運用報告書には信託報酬以外のコストについて記述されるため、正確さはともかく、いわゆる隠れコストを算出することが可能です。ところが、ETFにはその義務がないため、MAXIS米国株式の運用報告書は存在しないとのことです。
運用報告書の代わりになるのは決算短信ですが、知りたい隠れコストが明確な形で表現されていません。三菱UFJ国際投信に伺った内容から推測した方法で計算すると、隠れコストは0.0885%になりました。そのうちの0.03%程度は、目論見書に書かれている次のコストだと考えています。
- 受益権の上場に係る費用
- 年間上場料
- 対象指数についての商標の使用料
するとMAXIS米国株式の推定税込みトータルコストは0.1743%になります。スリム米国株式の推定税込みトータルコストは0.1229%ですので、0.051%ポイントほど高いです。実際のリターン差はもっとあるのですが、そうなった理由は分かりません。
配当金の扱い
スリム米国株式のマザーファンドは505銘柄を売買します。それらから得られる配当金は米国で10%課税後に、マザーファンド内で再投資されます。国内課税20.315%が適用されるのは、スリム米国株式を課税口座で売却した時です。それまで課税の繰り延べをしてくれるわけです。
MAXIS米国株式はETFなんですが、スリム米国株式と同じマザーファンドを利用する点が、普通のETFと異なっています。僕には、年2回分配を行うファンドがETFとして売買できる商品、に思えます。
ETFなので配当金と呼びますが、その原資はMAXIS米国株式のベビーファンドの資産です。保有している株式から得られた配当金はマザーファンドにて再投資されてしまっているからです。
ここからがめんどくさいです。2020年から税制が改正されて、国内籍のETFは配当金への海外と国内の二重課税を回避できるようになりました。よって、保有している株式から得られた配当金を1とすると、マザーファンドには米国での10%課税後の0.9が入ります。そして年2回の決算時に、0.9を配当金として分配します。課税口座の場合、譲渡税20.315%が課税されますが、配当金への二重課税が行われないように調整がなされます。米国での10%課税が取りすぎになるので、それを相殺してくれるのです。
たとえばVOO(S&P500に連動するETF)を課税口座で買うと、年4回もらえる配当金は、米国で10%課税後に、国内で20.315%課税されてから、ドルで口座に入ります。この場合、二重課税された分を取り戻すには外国税額控除を申請するしかないのですが、これは所得税からの還付であり制度的に不利です。(適切に取り戻すのが難しいです。)
次は税制改正前と改正後の、配当金への課税の違いを説明している楽天証券の図です。
引用:楽天証券
MAXIS米国株式の場合、年2回もらえる配当金への国内課税は10.315%で済みます。一方、スリム米国株式は分配金を出さずに、配当金を再投資していますが、課税口座で売却すると利益に対して20.315%課税されます。
2つの異なる配当金
ここで、MAXIS米国株式の保有で年2回もらえる配当金を全額再投資できるとしましょう。ETFは取引価格の倍数でないと買えないから、という話はここでは無視します。
- MAXIS米国株式は、保有する株式から得られた配当金の0.797を再投資します。再投資によって元本が増えます。
- スリム米国株式は、保有する株式から得られた配当金の0.9を再投資します。再投資で元本は増えず、売却時に利益に対して20.315%課税されます。
この2つは大きく違います。また、MAXIS米国株式は運用コストがスリム米国株式よりちょっとだけ高いです。さて、どちらが有利でしょうか?
もうわけが分からなくなった人もいると思います。それは僕の説明が下手くそだからです。
シミュレーション条件
次の条件でシミュレーションしました。
- スリム米国株式の期待リターンを年率6%とします。
- 投資対象株式から得られる配当金を、米国課税前で年率2%とします。
- MAXIS米国株式から年2回出る分配金を、端株対応で(全額無駄なく)再投資できるものとします。
- 運用コストは、スリム米国株式(S&P500)の方が年率0.09%ポイント安いものとします。
- 投資期間を2020年から10年間とします。
- 課税口座で100万円一括投資し、スリム米国株式は追加投資なし、MAXIS米国株式は分配金の再投資のみ、とします。
- 売却時の、税引き後評価額を比較します。
シミュレーション結果
次は税引き前評価額の比較です。
赤のラインがスリム米国株式、緑のラインがMAXIS米国株式です。青のラインはリターン差で、スリム米国株式ーMAXIS米国株式です。
大事なのは税引き後評価額の比較です。右軸のスケールを変えています。
最初MAXIS米国株式が有利ですが、終盤はスリム米国株式の方が有利になりつつあります。
次は比較期間を20年にしたものです。
20年間で2%ポイントを超えた程度に満たない差ですが、スリム米国株式の方が有利です。
なぜこのような結果になるのか
シミュレーション用プログラムが正しいとしてですが、なぜこのような結果になるのでしょうか。
- 運用コストはMAXIS米国株式の方が高いので、分配金を無視するとスリム米国株式の方が有利です。
- 分配金を出さないスリム米国株式は、配当金への課税が繰り延べされますが、その効果が出るのには年数がかかります。
- 課税の繰り延べ効果が出ない時期は、課税上有利な分配金を再投資するMAXIS米国株式の方が有利です。
- でも比較期間が長くなると課税の繰り延べ効果が勝るようになります。課税の繰り延べ効果は複利で作用します。
マザーファンドが同じであるメリット・デメリット
MAXIS米国株式の純資産総額は29億円程度ですが、マザーファンドはスリム米国株式と同じです。今後、MAXIS米国株式が売れるようになると、マザーファンドの規模拡大に寄与することになります。これはメリットです。
でもETFゆえ短期売買の対象にされる懸念もあります。MAXIS米国株式で発生する売買コストを、スリム米国株式の受益者に(できるだけ)負担させないような仕組み・運用であって欲しいものです。それは、三菱UFJ国際投信も良く分かっているはずです。
配当金実績
目論見書には分配方針についてこうあります。
引用:目論見書
配当金はMAXIS米国株式のベビーファンドから分配されますので、それだけMAXIS米国株式の基準価額が下がります。スリム米国株式とリターン比較することで、はっきりと認識できます。
MAXIS米国株式はこれまで3回決算を行い、配当金を出しています。配当金の利率を計算したものが多いか少ないかは、何と比較するかで変わるでしょう。でも三菱UFJ国際投信は、計算期間における配当金全額を分配するとあります。そして、それはファンド内で再投資されてキャピタルゲインの恩恵を受けている純資産から分配されているので、たとえ少ないと感じても損しているわけではありません。
また、基準価額の変化から推測した配当金と実際の配当金は一致しています。
もしこの分配の仕組みが気に入らないなら、MAXIS米国株式はあなた向きの商品ではないとうことです。
1回目
2020年6月8日にMAXIS米国株式の配当金(収益分配金と記載)の額が決定しました。(その案内がこちら。)一口あたり27円です。これはMAXIS米国株式のベビーファンドから分配されますので、それだけMAXIS米国株式の基準価額が下がります。
次はMAXIS米国株式の設定来のスリム米国株式とのリターン比較です。右端は2020年6月12日です。
青のラインはリターン差で、スリム米国株式ーMAXIS米国株式です。スリム米国株式の方が低コストなので青のラインは右肩上がりで推移し(それは分かってるって)、赤の矢印の位置で跳ね上がっています。跳ね上がったのは6月8日、分配金が出たその日です。分配金が出たのでリターンが劣化した証拠です。
スリム米国株式とMAXIS米国株式の基準価額の変化から考えると、6月8日のMAXIS米国株式の基準価額は27.6円少ないです。これは毎営業日天引きされる運用コスト+配当金なので、一口あたり27円の配当金と一致すると言っていいでしょう。
2回目から6回目
同じ方法で分配金とリターンの劣化の様子が一致するか確認しました。
- 2回目:分配金は63円、リターンの劣化63.0円で一致。
- 3回目:分配金は47円、リターンの劣化46.3円でほぼ一致。
- 4回目:分配金は58円、リターンの劣化57.5円でほぼ一致。
- 5回目:分配金は74円、リターンの劣化74.8円でほぼ一致。
- 6回目:分配金は101円、リターンの劣化101.1円で一致。
運用は期待通りなので、もう次回から確認しません。
MAXIS米国株式とスリム米国株式のどちらが有利なのか
ここではMAXIS米国株式の配当金を端株対応で無駄なく再投資できた場合の「理論値」であるトータルリターンを扱います。現実にはETFにそこまでの効率は期待できない点に注意して下さい。
運用コストはMAXIS米国株式の方が高い
次はスリム米国株式とMAXIS米国株式のリターン比較です。設定日から2021年7月9日までです。
青のラインはリターン差で、スリム米国株式ーMAXIS米国株式です。赤の矢印の位置で跳ね上がっているのは、MAXIS米国株式が配当金を出したからです。それを除くと、青のラインの傾向は右肩上がりです。それはMAXIS米国株式の方が運用コストが高いからです。
MAXIS米国株式のトータルリターンと比較
MAXIS米国株式はこれまで6回配当金を出していますが、それをそのまま国内課税なしで再投資した場合のトータルリターンと比較しました。右端は2023年6月23日です。
青のラインは見事な右肩上がりの直線です。その傾きが、トータルコスト差を示しています。
次はスリム米国株式(S&P500)の運用コストを年率0.09%ポイント増量したものとの比較です。
前半は適量ですが、後半、特に直近は増量しすぎです。これはMAXIS米国株式の運用コストが徐々に減少していることを示しています。
次は2021年3月以降で、MAXIS米国株式の運用コストを年率0.05%ポイント増量したものとの比較です。
青のラインは真っ平らになりました。よって現在MAXIS米国株式のトータルコストはスリム米国株式(S&P500)より年率0.05%ポイント高いと推測できます。
ETFは保有してもポイントもらえません
スリム米国株式をSBI証券で保有すると年率0.0326%のポイントです。楽天証券は2022年4月以降付与されなくなりました。(話をめっちゃ簡略化しています。)
ETFは保有してもポイントは付与されません。ちゃんとポイントを再投資できる人にとっては、その分だけ運用コストが安くなるようなものです。でもこのいわゆる投信マイレージは長続きしそうにないので、あくまでもらえている期間はラッキーだと思うのがいいです。
売れ行きは
次は設定来の資金流出入額の累計の推移です。純資産価額は389億円です。
ETFなので短期売買に利用されるのは普通ですが、それにしてもひどいですね。長期投資家御用達ではないです。一般の長期投資家には、スリム米国株式(S&P500)が向いていると思います。
スリム米国株式の純資産総額が2.2兆円を超えていることからも、一般人にはETFより投資信託が良いというのは明らかでしょう。
評価:ETFへのこだわりがない長期投資家なら、スリム米国株式をおすすめします
運用コスト、配当金への課税、課税の繰り延べと、複数の要素が関係しますが、長期投資を前提とするならスリム米国株式の方が有利と言えます。
ETFは取引価格の整数倍でしか買えません。そのため積立投資や配当金の再投資に制約があり、投資信託の方が便利で実用的です。ETFへのこだわりがない長期投資家なら、スリム米国株式をおすすめします。
でもMAXIS米国株式の持つ(ETFゆえの)独特なメリットを活かせる人には、良い選択肢になり得るでしょう。