著名な投資ブログや教科書的な書籍では、米国株式集中投資よりも全世界の株式に幅広く投資するのが良いと言われます。これには反対意見もありますが、その根拠のひとつは米国株式の圧倒的なパフォーマンスです。
スリム米国株式(S&P500)とスリム全世界株式(オール・カントリー)は、どちらも競合商品より後に設定された「後発」でしたが、現在では圧倒的な人気を獲得しています。そのどちらが自分に合っているのか、パフォーマンスを重視してスリム米国株式を選択したので良いのか、教科書通りにオール・カントリーを選択した方が良いのか、迷っている人も多いと思われます。
これは未来にならないと正解が分からない問題です。でも過去と現在のことなら分かります。
スリム米国株式(S&P500)
スリム米国株式のベンチマークはS&P500種指数で、米国の大型株505銘柄に投資します。
超ローコスト、つみたてNISA適格、安定した運用、圧倒的人気と、S&P500に投資したい人にとって夢のような商品です。
スリム全世界株式(オール・カントリー)
スリム全世界株式(オール・カントリー)のベンチマークはMSCIオール・カントリー・ワールド・インデックスです。日本を含む全世界の株式に時価総額比で投資します。投資対象銘柄数は2,976です。
このベンチマークは、次の3つのベンチマークを組み合わせたものです。
- 先進国株式:MSCIコクサイ
- 新興国株式:MSCIエマージング・マーケット
- 国内株式:MSCIジャパン
3地域の比率はMSCIオール・カントリー・ワールド・インデックスで指定されます。
こちらも超ローコスト、つみたてNISA適格、安定した運用、Fund of the Yearで2年連続1位獲得、全世界株式インデックスで圧倒的人気と、素晴らしい商品です。
投資対象地域の違い
次はオール・カントリーの投資対象地域と比率です。この比率は時価総額比で決まるため、経済状況で変わります。
出典:オール・カントリーの月次報告書
約56%が米国です。MSCIコクサイの米国部分はS&P500より少し多い銘柄数に投資しますが、ここではグラフのオレンジ部分がスリム米国株式だと思っていいです。
つまり、スリム米国株式とオール・カントリーの違いは、米国以外の地域に全資産の44%を振り向けることで分散させるかどうか、となります。
次は投資対象上位10ヶ国の比率です。
出典:オール・カントリーの月次報告書
2位は日本、3位は中国です。
この投資対象地域、投資対象国の違いに好き嫌いがあるなら、その気持は重視した方がいいと思います。
トータルコスト
次は運用報告書から計算したトータルコスト(信託報酬+隠れコスト)です。
どちらも超ローコストです。オール・カントリーの隠れコストはスリム米国株式より高いですが、これは投資対象地域が全世界で、特にコストがかさむ新興国を含むためですね。
トータルコストは、スリム米国株式とオール・カントリーのどちらが良いかという判断材料にはしなくて良いです。
2009年からパフォーマンスを比較
スリム米国株式が設定されたのは2018年7月なので、比較期間を長く取れません。そこでIVV(S&P500種指数に連動するETF)のトータルリターンの運用コストを調整することで、スリム米国株式の仮想データを生成して使います。
同様にオール・カントリーが設定されたのは2018年10月なので、ACWI(MSCIオール・カントリー・ワールド・インデックスに連動するETF)のトータルリターンの運用コストを調整することで、オール・カントリーの仮想データを生成して使います。
仮想スリム米国株式の作り方
スリム米国株式とIVVは、ベンチマークが同じであること以外に何の関係もありません。次は2018年8月1日から2021年3月31日までの、IVVトータルリターンとスリム米国株式の比較です。
青のラインはIVVトータルリターンースリム米国株式です。ラインの傾きはトータルコスト差を示しています。大きなヒゲは配当金の扱いの違いによるものなので無視してください。
次はIVVトータルリターンの運用コストを年率0.18%ポイント増量したものとの比較です。
青のラインはほぼフラットになりました。
仮想オール・カントリーの作り方
ACWIはiShares社のETFです。ベンチマークはオール・カントリーと同じですが、オール・カントリーとリターン比較をするとがっかりします。
青のラインはオール・カントリーーACWIトータルリターンです。オール・カントリーとACWIの共通点は、ベンチマークが同じだけなので、リターン差が多少暴れるのは当然として、この結果はひどいです。
でもせっかくですから、ACWIトータルリターンの運用コストを調整して仮想オール・カントリーを生成します。ACWIの経費率は0.32%で、ACWIトータルリターンよりオール・カントリーの方がリターンが高いです。そこで、控え目にACWIトータルリターンのリターンを年率0.25%ポイント増量したものを、仮想オール・カントリーとして利用します。
ACWIトータルリターンの運用コストを削減したので、青のラインがフラットに近付きました。
リターン比較
次は仮想スリム米国株式と仮想オール・カントリーの、2009年1月5日から2021年3月31日までの比較です。
赤のラインが仮想スリム米国株式、緑のラインが仮想オール・カントリーです。青のラインは仮想スリム米国株式ー仮想オール・カントリーです。
2011年までは互角、オール・カントリーの方が有利な時期もありました。が、2012年以降は一方的ではないものの、スリム米国株式が差を広げる局面が多いのに対し、オール・カントリーは追い付けないでいます。その蓄積が12年3ヶ月で150%ポイントを超えるリターン差を生み出しました。
このパフォーマンス差を見ると、全世界株式が良いと聞いていても、心が揺れるのは当然だと思います。
リスク
変動率(ボラティリティ)は計算式で求めることができます。次は月次で求めたリスクを年率換算したものです。
赤のラインがスリム米国株式です。オール・カントリーより高い時の方が多いですが、その差を気にするほどのことではないでしょう。
変動率は数値化できるリスクですが、数値化できないリスクもあります。良く言われるのが「カントリーリスク」で、特定の国・地域にのみ影響を与える事象です。米国集中投資より全世界への投資が好ましいとされる理由のひとつです。
まあオール・カントリーの米国比率は56%なので、米国で何か問題が起きたらオール・カントリーだってタダでは済まないわけです。でもその場合に受けるダメージは、スリム米国株式が100%だとすると、オール・カントリーは56%であり、それが投資対象地域を分散しているメリットです。でもそれと引き換えに、パフォーマンスではスリム米国株式に大きく劣後して来ました。
オール・カントリー設定後のリターン比較
次はオール・カントリーの設定直後を避けた、2018年11月15日から2021年4月9日までの、スリム米国株式とオール・カントリー(本物どうし)の比較です。
青のラインはスリム米国株式ーオール・カントリーです。意外なことに、コロナショックによる株価暴落後はいい勝負となっています。でも過去12年間の傾向が今後も続くなら、徐々に差が開いていくはずです。そういう米国株式に対して楽観的な見方、予想、期待をどう評価するかで、判断が分かれるわけです。
積立シミュレーション
2010年年初から11年3ヶ月、毎月初に3万円積立投資を継続したシミュレーションです。
税引き前利益率はオール・カントリーの116%に対し、S&P500は173%と1.5倍です。オール・カントリーのリターンも素晴らしいですが、スリム米国株式はもっと素晴らしいです。
多くの人は現在の状況が継続すると考える傾向があるので、こういうグラフを見るとオール・カントリーよりスリム米国株式の方がいいと思ったとしても、不思議はないですね。
人気はスリム米国株式の圧勝
次はスリム米国株式とオール・カントリーの、設定来の資金流出入額の累計の推移です。
赤のラインがスリム米国株式、緑のラインがオール・カントリーです。純資産総額は3,656億円と1,465億円です。
ラインの反り返り具合が、人気が加速していることを示しています。この比較だとスリム米国株式の圧勝ですが、オール・カントリーは全世界株式インデックスで一番人気です。
どちらも圧倒的に売れているので、人気は判断材料にしなくていいです。
米国集中投資か世界分散投資か
人によって重視する要素が異なるため、唯一の正解はありません。
僕の場合
僕はスリム先進国株式に集中投資しています。オール・カントリーを選択しないのは、僕は過去の実績を重視していて、新興国株式と国内株式に投資しても、僕の存命中にその投資が報われることはないと思っているからです。
一方で、米国と日本以外の先進国株式への投資よりも、米国株式のみへの投資の方が報われる可能性は高いと正直思います。つまり、スリム先進国株式よりもスリム米国株式の方が報われる(儲かる)と思います。それでもなお、スリム先進国株式への集中投資を継続し、スリム米国株式に投資しない理由は論理的とは言えません。
- 心理的にどうしても米国一国集中に不安(カントリーリスク)を感じる。
- MSCIコクサイのパフォーマンスは十分高いことが分かっている。
MSCIコクサイの6割以上(直近では約7割)は米国株式なので、米国株式が低迷すればMSCIコクサイも低迷します。その時、欧州、カナダ、オーストラリアにも投資していたことが奏功するかどうかは分かりません。
あえて具体例をあげませんが、米国経済だけが特殊な事情で長期低迷するような事態になる(=カントリーリスクが顕在化する)可能性にビビっているのです。もしそれが起こると僕の存命中に回復しないことを恐れています。
そうなった時に、欧州、カナダ、オーストラリアが成長すると、MSCIコクサイの米国比率が大きく下がります。時間はかかりますが、米国と日本以外の先進国にも投資したことが報われる数少ないケースになります。
そこまで極端でなくても、今後は米国株式のみより先進国株式の方が期待リターンが高いという予測もありますが、僕は信じていません。スリム先進国株式に集中投資している身としては歓迎すべきかも知れませんが、僕の期待はこうです。
- 米国株式には現在の絶好調を維持して欲しい。(暴落するのはOKです。)
- 米国と日本を除く先進国株式にはこれまで通り頑張って欲しい。
だから、現在米国株式に集中投資している人と僕の投資成績を10年後に比較した時に、米国株式に集中投資していた人の方が大きな利益を上げていたとしても後悔しません。「彼(彼女)は高いリスクを負った分だけ大きな利益を得たわけだし、僕も十分な利益を手にできて良かった」と思いたいのです。彼(彼女)の投資は報われなかったけど僕の投資は報われたというのは、MSCIコクサイでは無理な話でしょう。
ジョン・C・ボーグル氏は
これは良く知られた話ですが、バンガード社は世界分散投資を推奨しているものの、バンガード社を創設したジョン・C・ボーグル氏は米国集中投資をしていました。
著書「インデックス投資は勝者のゲーム」の中でも株式はS&P500インデックスが良いと書いています。教科書を執筆するような著名人全員が世界分散投資を推奨しているわけではありません。(なお、ジョン・C・ボーグル氏は米国債券にも投資していました。)
それから、バンガード社が世界分散投資より米国集中投資を勧めるわけがないことは、ちょっと考えれば分かります。それはトヨタが「現在のガソリン価格ならガソリン車の方がコスパが良い」と言うのと同じで、会社の利益にならないからです。
みんな主張通りに投資しているとは限らない
書籍でもブログでも、作者が主張・推奨している投資手法通りに投資しているとは限りません。自身のポートフォリオを公開していない場合、分かるのは本人だけです。そのため、ブログや教科書に書かれていることを鵜呑みにしない方がいいと思います。
そもそも国籍や年収や金融資産が違う人が書いた書籍の内容をそのまま真似る前に、自分にとって最適解なのかどうか他の情報とも突き合わせて考えるべきです。
結論
次に該当する方は、オール・カントリーがいいと思います。
- 米国株式集中投資より、全世界の株式に時価総額比で投資する方が好みに合っている。
- オール・カントリーのパフォーマンスで十分満足できるので、米国株式集中投資に伴う高いリスクは避けたい。
- どちらかと言えば、無難な選択肢とされている方が安心できる。
次に該当する方は、スリム米国株式(S&P500)がいいと思います。
- S&P500への投資が最適解だと思っている。
- 米国以外の地域に投資することで、パフォーマンスが劣後することには耐えられない。
- 過去10年程度の、米国株式が絶好調だった時代が続かないとしても、米国株式の未来に賭けたい。
まだスッキリしない場合は、腹落ちするまで調査するのがいいでしょう。
これから10年、20年、30年経過した時に、どちらを選択していた方が良かったと思うかは、その時になってみないと分かりません。過去10程度の傾向が続くならスリム米国株式(S&P500)の圧勝ですが、それは楽観的過ぎる気がします。だとしても、世界経済を牽引する主役であり続けて欲しいです。その結果、米国株式集中投資も、全世界株式投資も、先進国株式投資も相応の素晴らしいリターンをもたらしてくれることを願っています。